読書メモ: 『ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し』

10/3/2017

※Twitterに書いたものをコピペでまとめただけなので、つぎはぎしてますがご了承下さい。

『ジブリの教科書』シリーズは、ジブリ作品を題材に、制作時のエピソードや物語の背景などが書かれたもので、いわゆる裏話が読めるのですが、何をきっかけにどのような考えで作品が作られていったかを追いかけることができるのが特徴です。

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『千と千尋』の前にボツになった企画に20歳の女性を主人公にした『煙突描きのリン』というのがあったそうだ。でも、『踊る大捜査線』を見て感銘を受けた鈴木敏夫さんが、我々に若者を描けるだろうか?子どもをテーマにするべきでは?と提案、既に出来ていた『煙突描き』のイメージボードを捨てることになった。

しかし今になって考えると、そう言って1年近く書きためたイメージ・ボードを捨てさせた人が、最後は「またポニョみたいなことやっても面白くない。大人向けをやりましょう」って言って『風立ちぬ』に至っている(『夢と狂気の王国』参照)わけで、プロデューサーって業の深い職業だなあと思った。


この本を読んで、あの映画を作る前に『霧のむこうのふしぎな町』という日本のファンタジーの映画化が検討されていたことを知った。結局映画にはならず、でも『千と千尋』にそのモチーフが使われている。映画のパンフレットにも書かれていたらしい。

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小さな女の子がひょんなことから親元を離れて「あちら側」の世界に行き、知らない人達の中で過ごす。その世界にいるためには労働をしなければならない、という話じたいがもろにそうだし、厳しいお婆さんのキャラクターとか、季節の違う花が一緒に咲いてる花壇とかも割と影響を感じる。


この本には、宮崎監督と作画監督の方のせめぎ合いの話が、いくつか書かれている。勝手な想像だけど、いわゆる「絶対君主」的に監督がいたのではなくて、結構せめぎ合いをしながら細部の詰めが行われたんじゃないだろうか?『ジブリの教科書』と映画のイメージボード集の本を一緒に見ると、設定の横に書かれた作画監督の方のコメントの裏を想像できて、なかなか深い。

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という訳で『ジブリの教科書 千と千尋の神隠し』面白い本だった。

そして、これを読んで『霧のむこうのふしぎな町』を知ってググってみたら、もう何年も前のネットにアップされた論考とかが出てきた。自分の目にとまらないだけで、こういう読み物はネット上に沢山ある。

東浩樹さんの『弱いつながり』は、「情報は割とネット上にあるが、検索キーワードなしにはそこに到達することができない。だから、検索キーワードを得るために旅にでる必要がある」という面白い本だった。その視点で見ると、読書もまた検索ワードを探す旅である。

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ふと思い出したのでメモとして書いておくと、島裕田巳さんが著書の『映画は父を殺すためにある―通過儀礼という見方』の中で宮崎作品における通過儀礼の欠如を指摘してるんだけど『千と千尋』は「通過儀礼」そのものがテーマの作品だった。ちなみに本書の中で宮崎駿さんは、特に千尋が成長したり、湯婆母がいい人になったりはしないという所を強調していた。いわゆる「始めと終わりで、みんなの何かが変わる」という物語ではない、と。

特にオチはないんだけど。

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